古/いにしえの面影       其の一阡六百参拾四
怪しい親爺輪っぱの会
 別館 一人歩き編です。

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

撮影日  2021年10月02日 土曜日
アップ日  2025年01月20日 月曜日

和歌山県紀の川市桃山町最上(八幡神社)
ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)

神社合祀(じんじゃごうし)とは、神社の合併政策のことである。
神社整理とも呼ばれ、複数の神社の祭神を一つの神社に
合祀(いわゆる稲八金天神社)させるか、
もしくは一つの神社の摂末社にまとめて遷座させ、
その他の神社を廃することによって、神社の数を減らすというもの。
主に明治時代末期に行われたものをさす。

明治39年神社合祀令以降、1898年から1916年の間に境外無格社は
大阪府約8割、滋賀県約5割、奈良県約4割、京都府約2割、
府県郷村社は大阪府約5割、奈良県、滋賀県、京都府約1割が消失した。
「三十九年より四十二年末に至る迄に、府県社、郷社、村社、無格社の
数が、実に四万五千も減って居る。」。
全体でみれば府県社・郷社の減少はほとんどみられないが、
大阪府では府郷村社は半分、三重県では明治36年に1万524あった神社が
大正2年には1165にまで減少した。
(Wikipediaより)


(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

JR和歌山線
下井阪駅

※キャベツ畑横目に~

紀ノ川

※井阪橋渡って~

目につくモニュメント~

※町名も桃山町
あら(安楽)川の桃で有名です。
桃山町(ももやまちょう)は、和歌山県にあった町。
町の西端、ほぼ貴志川町との境界を貴志川が北東流する。
町名は当町が桃の産地であることにちなむ(京都の桃山とは無関係)。
その名のとおり桃が有名で、開花時期になると県外からも多くの花見客が訪れる。

2005年11月7日に打田町・粉河町・那賀町・貴志川町と
合併、市制施行して紀の川市となり廃止した。
かつての町域は紀の川市桃山町となっている。
(Wikipediaより)

桃の木~

※稲刈りの季節~

紀の川市は植木苗の
産地でも有名なんです。



桜の樹が呼んでました~
神社跡

※旧暦7月の晦日から8月14日の八幡神社のお渡りは、室町期から続く祭りである。
神主が松明を持ち、榊を供えたのが始まりだ。
明治42年、八幡神社が三船神社に合祀されてからは、
夜、神社から御旅所まで松明を手に歩く子供中心のお渡りが慣例化した。
この松明の灰を田畑に撒くと作物に虫がつかないという言い伝えがある
ほか、期間中は台風や大雨がないと信じられている。
(ローカルガイドより)

小さな祠に成っています。
榊かと思えば
椿の枝が奉納されてました。



右は貴志川渡て和歌山へ~
左は石榴川渡って海南へ~

※石榴川渡ります。

竜門山南東に源を発する畑野川が谷々の細流を合し、柘榴川となって
大原口・神田を経て調月北部で貴志川に注ぐ。
紆余曲折の細流で、桃山町域をほぼ西へ横切って流れる。
全長約二〇キロ。名称は、古く黒川谷の稲荷の森から三船神社の祭神が
蛇の姿で流れを下り、奥ノ宮(善田)・中ノ宮(神田)、そして古宮(神田)に
至ったことから、蛇来じやくる川といったものが「ざくろ」に変わったと伝えている。
(コトバンクより)

※愛媛県ではポンジュース
和歌山県ではジョインジュース!
我が家は昔からジョインジュースでした。

観音寺サンの墓地ですが
七地蔵尊横の宝篋印塔が気に成ります~



旧 調月(つかつき)村
寺前附近



やはり持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖擦り合うも他所の縁~
いつまで知った景色が在るのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
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