其の一阡六百参拾三
怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。
(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)
撮影日 2021年08月22日 日曜日 アップ日 2025年01月19日 日曜日 |
||||||||||||||||||||||
ワッカン~
資料として気になる街角 撮っておきや!(by UFO先生) 粉河産土神社(こかわうぶすなじんじゃ)は、 和歌山県紀の川市粉河にある神社。粉河寺の境内にある。 地元では別称として「たのもしの宮」(頼母子之宮)とも呼ばれる。正しくは産𡈽(土に「、」)。 宝亀元年(770年)に紀伊国の猟師・大伴孔子古が粉河寺を創建し、 次いでその子の大伴船主が延暦2年(783年)に鎌垣庄内各村の氏神を勧請して 粉河寺の鎮守社として社を建立した、それが当社の始まりであるという。 天正13年(1585年)に羽柴秀吉による紀州征伐にあい、粉河寺とともに全焼している。 粉河寺の本堂のすぐ奥にある鎮守社として、江戸時代には 紀州藩主徳川家の崇敬を受けていたが、明治時代の神仏分離によって粉河寺から独立している。 1912年(大正元年)、旧長田村松井の丹生神社を合祀、同年粉河町東毛の大神社も合祀している。 1919年(大正8年)には粉河町粉河天福神社も合祀している。 当社の祭りである粉河祭りは紀州三大祭の一つである。 1959年(昭和34年)、裏山より経塚が出土している。 (Wikipediaより) (※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)
やはり持ってるものはUPして
資料的に残さねば… 気を抜いたらあきません~ 何時のが出てくるか判りまへんで! 袖擦り合うも他所の縁~ いつまで知った景色が在るのやら。。 頑張ってボチボチ更新中…^^;
|