古/いにしえの面影       其の一阡六百七拾六
怪しい親爺輪っぱの会
 別館 一人歩き編です。

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撮影日  2024年11月18日 月曜日
アップ日  2025年02月15日 土曜日

奈良県御所市名柄(長柄神社)
ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)

長柄神社
『延喜式』神名帳に記載され、別名姫の宮とも呼ばれ、記・紀神話に登場する
「下照姫命」が祀られています。
この神は天孫降臨神話の国譲りの中で、天雅彦命が高天原から出雲国へ
国譲りの使者として遣わされています。
天雅彦命は高天原へ復命に帰らず、出雲国で妻にしたのが大国主命の娘の下照姫です。
本殿は一間社春日造・檜皮葺・丹塗り、創建年代は不明ですが、
建築様式から、1450年ころと思われます。
また、『日本書紀』天武天皇9年9月9日条に「朝嬬に幸す。
因りて大山位より以下の馬を長柄杜に看す。
乃馬的射させたまふ」とあり、天武天皇が長柄神社にて
流鏑馬をご覧になったことが記されています。
(御所市HPより)


(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

古代の神話が残るロマンが漂いつつ、江戸時代には宿場町として栄え、
昭和初期には約80軒もの商店が軒を連ねた名柄地域とその周辺地域ですが、
近年の全国での共通問題である人口減、超高齢化、
増加し続ける空き家や耕作放棄地などの深刻な問題を抱えています。
微かに残る町並みを文化資源と捉え、名柄郵便局の再生事業をきっかけに、
魅力あるまちの活性化、人と人との繋がりを感じられる住みよいまちの実現、
歴史ある文化や町並みの保存及び継承を目的とする。
(郵便名柄館 テガミカフェHPより)

※町外れの稲荷神社

太神社燈籠此処にも

※水越街道
葛城酒造サン脇の道

名柄街道
中村家住宅
本邸は御所市では現存するなかで最も古く、かつ重要な建築である。
中世吐田の城主吐田越前守の子孫中村正勝が慶長頃に建てたと推定される。
昭和43年に重要文化財に指定された。

中村正勝は慶長13年に名柄村の代官になっているので、
この時の建物とすれば代官屋敷という特殊な建物であったかも知れない。
柱は全般的に太く、五寸六分外角で、大黒柱に相当するものは土間と室境に二本あるが、
これは約九寸角ある。このように古風な開口装置や納戸構えのある
閉鎖的な「なんど」の残っていること、木割が均整がとれていて、
細い柱を使用していないことなどからみて、この家が江戸初期を降らないことを察し得るが、
このようなものの残っているのは全国的に見ても珍しいことである。
六間取であることと共に、慶長12年の棟札を持つ五条の栗山邸、慶安3年の棟札のある
今井の今西邸等の町屋と類を同じくするものであるが、
当家も恐らく慶長年次を降らない建築として貴重なものである。
(昭和47年8月から同49年8月まで、奈良県教育委員会により改体修理が行なわれた。)
いにしえの御所を尋ねて(改訂二版) 御所市教育委員会より
(御所市HPより)

※池口家住宅

龍正寺サン
鐘楼

※大屋根
 
長柄神社~
前には

※百度石


向かいます~

※境内摂社

由来記

※名柄公民館

拝殿舎正面

※境内風景

狛犬


※吽

狛犬


※吽

本殿舎正面は施錠済

※奉納
昭和50年
観世流小嶋謡曲同好会

拝殿舎内の祠

※境内遊具

本殿舎脇から~
本殿は一間社春日造。
表面は丹塗で、屋根はかつて檜皮葺であったが、現在では銅板葺である。
細部に禅宗様の様式が見られ、造営年代は不明ながら
室町時代中頃まで遡ると推定されている。
正和元年(1312年)を最古とする棟札17枚も伝わっており、
様式から嘉吉元年(1441年)または長享3年(1489年)の棟札に
該当すると推測される。
この本殿は奈良県指定文化財に指定されている。
(Wikipediaより)

※境内風景


長柄神社のケヤキ
幹周/5. 37m、樹高/28. 8m。

御所市環境協会のサイト(御所市の守りたい巨木たち)より


やはり持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖擦り合うも他所の縁~
いつまで知った景色が在るのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
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